河野祐亮ピアノトリオ 「 I love you, I know. 」によせて -宮里裕-
 

「ロバート・グラスパーとブラッド・メルドーってピアノソロのコンセプトはそんなに変わらないんですよ。」

軽い調子の語り口こそ留学前と変わらないが、実際にブルックリンを体験してきた河野から聞くジャズの話はとても興味深い。

「マーク・ターナーやブラッド・メルドーのサウンドに、多くのジャズミュージシャンが追従していったんです。」

 

 

ジャズを始める前、河野はスティングのライブアルバム”Bring on the Night” で、“間奏のとんでもないピアノソロ”を聴き、「こいつは何者なんだ?!」と衝撃を受けたという。

そのピアノソロを演奏していたのは、ケニー・カークランドというジャズピアニストだと知り、

それまで演奏していたロックやポップミュージックからジャズへと興味が移り始めた。

 

河野は2011年に渡米し、

2012年にThe New School Jazz And Contemporary Music(ニュースクール)に入学。

教鞭をとっていたのはレジー・ワークマン、ジミー・オーウェンズ、チャールズ・トリバーといった通好みを唸らせるジャズジャイアンツ達だ。

個人レッスンではジェラルド・クレイトン、クリスチャン・サンズ、サム・ヤヘル、テイラー・アイグスティといった現代ジャズの最前線で活躍するジャズピアニスト、そして、ジェラルド・ディアンジェロに師事した。

 

「NYのミュージシャンとセッションするようになると、自分の8分音符の軽さに悩むようになった(もっと長い8分音符を弾きたかった!)

そこで8分音符をフラットにいちばん長く弾けるソニー・クラークをコピーして、NY滞在の1年目は自分はソニーになるんだ、と思って弾いていた 笑。」

 

 

河野は留学の直前まで、幾つかのアルバイトとイベントの演奏で渡米資金を稼いでいた。

掛け持ちしているアルバイトのひとつ、新宿のジャズレコード屋。

そこでは、河野がハンプトン・ホーズやソニー・クラークのレコードを漁っている姿をよく見かけた。

どちらも玄人好みの渋いピアニスト。

河野は特にハンプトン・ホーズのピアノを「かっこよくないですか?」と嬉しそうに話していた。

抜群にいい曲を書くソニー・クラークのほうならまだしも、ハンプトン・ホーズは筆者の中に印象がない。

そういえばブラックミュージックが好きなやつが良く聴いていたなと思い、そう返事を返すと、

「ハンプトン・ホーズのブルースは8分音符の長さも音のキレもぜんぜん違うんですよ。」
 

 

 

いまは2015年、モダンジャズの時代は半世紀も前。

 

 

河野は師事していたサム・ヤヘルとテイラー・アイグスティに

「ソニー・クラークやハンプトン・ホーズ、ケニー・カークランドのコピーばかりしている」

と指摘される。

 

テイラー・アイグスティは自身の演奏のコンセプトを

「自分自身で設けたルールの中で自由に演奏する」と説明した。

その言葉を受けた河野は、自分の出したい音は何なのかを追求するようになっていった。

ハンプトン・ホーズのブルース、ソニー・クラークの8分音符の長さ、

ケニー・カークランド、そしてテイラー・アイグスティのどの曲を弾いても自身の音になる柔軟性。

 

「たくさんのミュージシャンとハングし、話もした。これが今の自分のプレイスタイルに影響されていると思う。」

 

 

河野によればフュージョン/クロスオーバーとNYコンテンポラリージャズは、はっきりと線引きされる。

クロスオーバーは文字通り境界を越え、ミュージシャンがその卓越した演奏技術でもってファンクミュージックやロックを演奏する。

NYコンテンポラリージャズは伝統的なジャズのサウンドから新たな音が現れる。

いわばジャズ内ミクスチャーで、いまこの瞬間にはハービー・ハンコックのフィールが鳴らされ、次の瞬間にはバド・パウエルのフィールが現れ、オスカー・ピーターソンのフィールが続く。

いまのジャズを聴くということは、それぞれのミュージシャンが自身のうちに磨きこんだジャズの歴史を聴く事になる。

 

例えばこのアルバムに収録されているアフロ・ブルー。

イントロのサックスとピアノのユニゾンのあとに続くピアノのフレーズ。

従来のアフロ・ブルーの力強いが土臭い印象から離れたその新鮮な響きに意表を突かれるが、実はコルトレーン・カルテットの演奏するアフロ・ブルーにも一瞬現れるフレーズだ。

マッコイ・タイナーが鳴らしたほんの数瞬のサウンドが、ここではお馴染みのテーマの前に鳴り響く印象的なイントロに仕上げられている。

その方法は、レコードからサンプリングした数秒をループさせトラックを生み出すヒップホップにとてもよく似ている。

 

河野にコルトレーンのアフロ・ブルーのことを聞くと「特に意識はしてなかった」と

つれない答えだったが、前述したフィールの話を聞いたあと、ヒップホップに似ているねと返したら、

「そうそう、サンプリングして曲を作るのに似てますよね。

オレはジェラルド・クレイトンやロバート・グラスパーのオリジナル曲から、

『伝統的なジャズのサウンドを、どのように使って新たな音を構築したか』を勉強しました。

ジャズの歴史があってこそ新しい音楽が生まれてるんですよ。」

 

 

全8曲中7曲の河野オリジナル曲は、そのほとんどがNY留学以降に作曲されたもので、

NYで出会ったミュージシャンの影響が大きいという。

特に名前を挙げているのがジェラルド・クレイトン、ロバート・グラスパー、

そしてウォーレン・フィールズだ。

「マヤ・ハッチのアルバム「Li'l Darlin'」で聴けるスタンダードのアレンジが素晴らしくて(もちろん演奏してるミュージシャンもすごくかっこいいけれど)、

誰がアレンジしてるんだろうと思ったらウォーレン・フィールズという人がアレンジャーだった。」

 

そこで河野は、ウォーレン・フィールズに直接コンタクトを取る。

 

「彼に色々習うんだけど、キーワードは『自由』だった。

日本にいた頃は、このコードの次はこういうコードにしなくちゃいけないというルールに縛られていた。

しかしそれはNGだと彼に教わった。コードもメロディーも自分の感じるままに、かっこいいと思うものをどんどんくっつけていけ。ルールなんて後でいい!と。」

 

河野はウォーレン・フィールズに教わったことで自身のうちにあった大きな壁が崩れた気がしたそうだ。

 

「ウォーレン・フィールズに教わったあとで、改めてジェラルド・クレイトンとロバート・グラスパーのオリジナルを聴くと、まさにそのように作っていて、自分で設定したコンセプトは外れないようにしつつも、自由に音を繋げて作曲していた。彼らの音楽の研究から得た、特にボイシング(和音の押さえ方)や曲の構成やソロまでのストーリー性に、あとお客さんが自分の曲を聴いた時の反応を想像して、そのバランスで作曲を決めていることが多いと思う。」

 

ただし、このアルバムから聴こえてくるのは、河野がNYから持ち帰ったものばかりではない。ジェラルド・クレイトンやロバート・グラスパーを思わせるNYコンテンポラリージャズのサウンドに、どこか和を感じさせる叙情的な音が混じる。

これは順序が逆転してしまっている話で、小さい頃より河野のなかで培われたメロディーのセンスが、NYジャズのスキルでもって紡ぎだされている、と言うべきところだろう。
 

 

 

河野祐亮ピアノトリオは、独自の世界観をもって叩き出すその自由な躍動に驚きを覚えるドラマー、木下晋之介と、確かなタイム感と曲全体への深い理解からトリオのサウンドに奥深さを与えているベーシスト、座小田諒一からなる。

 

木下は12歳からドラム演奏をはじめ、学生時代から様々な音楽コンクールで賞を受賞。現在は、ライブハウスやジャズクラブなどでの演奏、バンドサポート、レコーディング等で精力的に活動中。アルバムの冒頭を飾る「L.L.D」では、スネアドラムのスナッピーをあえて緩めた状態で叩き始め、曲の進行に合わせてスネアのサウンドが締まっていく。演奏する曲に合わせてドラムの鳴り方にもこだわっている様子が伺える。

 

座小田は高校卒業と同時に単身渡米し、North Alabama Universityにてクラシックコントラバスを専攻後、ニュースクールへ編入。ニューヨークの様々なシーンで研鑽した。主な共演者にジュニア・マンス、レイチェル・Z、アンディー・ミルン、ルイス・ボニッラ、クリス・チーク、日本では中牟礼貞則、山口真文、田井中福司、橋爪亮督の名前が挙がる。

 

「L.L.D」で印象的な歌声を披露した中原 翔子は、上海での演奏活動を経て、現在都内のジャズクラブを中心に活動するシンガー。

 

 

3曲でサックスを執るスタン・キリアンはテキサス州出身、16歳からプロ活動を始め、

現在はNYをベースに活動するテナー・サックス奏者。

名門サニーサイドからコンスタントにアルバムを発表し、あのマイク・モレーノと共に55barにレギュラーで出演する、NYのトッププレイヤー。

ともすれば難解な方向へ傾きがちないまのジャズシーンにおいて、ベン・ウェブスター、イリノイ・ジャケー、アーネット・コブといったテナーサックス奏者の伝統から受け継いだ豊かな歌心に、現代ジャズのクールネスをミックスしたスタン・キリアンのプレイスタイルは、とても魅力的だ。

 

本作でも河野のオリジナル曲「L.L.D」と「SSWoodside」、そして「Afro Blue」に、ひときわ華やかな彩りを添えている。
 

 

最後に駆け足だが、アルバム各曲の内容にも触れたいと思う。

日本では聴くことが少ない、ブルックリンの雰囲気満点の#1 「L.L.D」にはじまり、

NYで得た技術と叙情的なメロディが絶妙に融和した#2 「WAKABA」。

現時点での河野の代表曲といえ、ライブでも盛り上がりを見せる#3 「It suddenly happened」。

スタン・キリアンが参加しサックスカルテットの編成で演奏される#4 「SSWoodside」。

アルバム中もっとも今のジャズシーンとの繋がりを感じさせる#5 「-To you-2013」(「マーク・キャリーみたいでしょ」と河野は話すが、このリズムに和を感じさせるメロディがのると新鮮だ)。

ソロピアノで演奏される#6 「Those who lived in the good ol'days」は、バッハを元に3和音のジャズに挑戦してみたということだが、この曲には実はすぎやまこういちも入っている、という河野の話を聞いて、彼の叙情的なメロディセンスがどうやって培われたか、その一端を垣間見た気がした。

そして、トリオの躍動感溢れる#7 「Sunny Side Up!!」。

再びスタン・キリアンが歌心あるサックスを奏でる、唯一のスタンダード#8 「Afro Blue」で本作は締められる。

 

 

 

宮里 裕



 

 





河野祐亮ピアノトリオ
-Yusuke Kono Piano Trio-

河野祐亮-Yusuke Kono-(piano)
座小田諒一-Ryoichi Zakota-(contrabass)
木下晋之介-Shinnosuke Kinoshita-(drums)


ゲスト-guest-

スタン・キリアン-Stan Killian-(Tenor Sax)
中原翔子-Shoko Nakahara-(Vocal)


レコーディングエンジニア
-Recording Engeneer-

吉川昭仁-Akihito Yoshikawa-(Studio Dede)